Published in the official Ojamajo Doremi MEMORIAL ALBUM PERFECT guidebook in the section dedicated to the "Na-i-sho" OVA.

This interview is with Hiromi Seki (Producer).
———まず最初に『ナイショ』をどのような方向で制作しようと考えていたのかお聞かせ頂けますか。
関:『ナイショ』の場合は、制作する側の志としては、とっておきの話をやりたいと思っていたんです。TVシリーズでやろうかどうしようかと迷っていたんだけど、やらなかった話を今回やろう、と。この“迷っていた、というのは、『どれみ』の本来の視聴ターゲットである3歳から6歳の子には難しいかな、と思ってTVではやらなかった話というのがあったんです。でも、今回は最初にスカパーで放映するということで、テーマとしてはとても良いものなんだけれども3歳から6歳の子よりも少々上の年齢でないとわからないと思われるとっておきの話をやりましょうということになったんです。
———TVシリーズが終わって約1年半後に制作に入られたのですが、その頃のお気持ちはいかがでしたか?
関:流石にどれみちゃんたちはTVシリーズで小学校を卒業までさせちゃったじゃないですか。『ドッカ~ン!』が終わった時には、私も五十嵐さんも馬越さんももう燃え尽き症候群になっちゃってね。「これで、終わった・・・・・・」と。確かに私も1本だけはやろうかどうか迷ったままやらなかった話――これが『ナイショ』第1話になるのですが―があるのですが、その程度でした。だけど、別の作品をやりつつ、1年ほど置いてみると、まだまだやってない話がいっぱいあるなと思えてきたんです。時間が1年経ってくれたおかげで作品との間に気持ちのいい距離感が取れたというのかな。なんていうのかな、ちょっと距離を置いたら、昔の恋人のことが良く見えてきたというような感じなんです。たぶん、TVシリーズが終わってすぐ『ナイショ』に入ってたらもっとシリーズの延長線上みたいな感じになっていた気がするんですよね。だからと言って逆に10年も経ってしまうと、距離が離れすぎて同じスタッフで『どれみ』を作ることは難しいと思う。だからちょうどいいタイミングで制作できたのではないかと思っています。
———TVシリーズでできなかったバレンタインディや雛祭りの話は、今回やっとできましたね。
関:そうなんですよ。TVシリーズは毎年2月からスタートする作品でしたから、どうしても2~3月のイベント話をやることができなかった。そのことは、TVをやりながらずっと心の中に引っかかっていたんです。だから『ナイショ』では、最初からバレンタインディや雛祭りの話を作ることを決めていました。
———『ナイショ』の舞台を『も~っと!』の頃に選んだ理由を教えて頂けますか。
関:『も~っと!』が『どれみ』を放映していた4年の間で一番人気があった作品だからです。あと、小学5年生の1年というのは、小学生ぐらいの女の子にとって大変スペシャルな時期なんです。例えばこの歳の頃に68%ぐらいの女の子が初めて生理を迎えるんです。あと、初恋を経験したと答える子も全体の2/3ぐらいの確率でこの頃なんです。男の子の声変わりが始まる時期の平均値も小学5年生。だから小学5年生というのは、小学校生活6年間でもドラマ的に一番面白い頃。子供にとって変わり目というか、節目の時期なんです。
———今回、“監修〟という役職で佐藤順一さんが参加されていますが、この役職について教えて頂けますか。
関:『ナイショ』が完全新作で何もかもゼロから立ち上げる作品ならシリーズディレクター(以下、SD)が必要ですが、TVシリーズで4年間作った作品がベースとしてあって、その上で特別新しい設定が入ってくる訳でも無い。各話のゲストキャラとして新しい設定を作ることはあっても、作品世界全体として考えると設定はほとんどそのまま。そういうところで作品を作る場合には、通常のSDの仕事とはちょっと違ってくる訳です。今回はどちらかと言うと『ナイショ』という作品を作っていく中で、その都度必要なエッセンスを提示して頂けるアドバイザーのような立場として立って頂こうと思って、監修、という役職にしたんですよ。具体的には、「第4話の辺りでシリアスな話を作っておけば、シリーズとしての自由度が高まるんじゃないか」といった感じの提案をして頂くということですね。
———この監修を佐藤さんにお願いした理由は?
関:佐藤さんは最初のTVシリーズや『#』の頃にはSDや各話演出で入っていたけれど、『も~っと!』では1話分のコンテしか切ってないし、『ドッカ~ン!』では本編には入って無かった。『ナイショ』の話を佐藤さんにお願いした頃、彼は自分が監督を務める作品を持っていたということもあって、ある意味ポーンと距離を取ったところからもう一回『どれみ』を見直してもらったら、私が作ろうと思っている『ナイショ』という作品にとても的確な指示というか一言をもらえると思ったんです。それで実際に佐藤さんに入って頂いたら、思った通りでしたね。今回、監修職に必要だったのは深さ”だったので、ある種の距離を取って作品を見ている人の方がズバッと核心を突くことができるんですよ。その上、佐藤さんのように『どれみ』のシリーズ立ち上げ時に関わっている人なら、文句なしで適任だと思っていました。
———『も~っと!』以降、オープニングとエンディングで使用する主題歌にはかなりこだわりを持たれていると伺っていますが、今回はいかがでしたか。
関:そうですね。TVシリーズの時は、いつも10~15曲の中から選んでいました。今回の『ナイショ』もデモテープが全部で何曲あったのか忘れてしまう程にはあったと思います。たぶん100曲はあると思いますよ。発注時には、オープニングもエンディングも元気系がいいとお願いしました。
———『ナイショ』が制作スタートしたのはいつぐらいからですか?
関:2004年3月に開催された東京アニメフェアで『ナイショ』の制作発表をしたのですが、あの時点でシナリオが5本ぐらい完成していました。実際にシナリオ作業に入ったのは、2003年の秋ぐらいからだったと思います。
かなり余裕を持ってシナリオの制作に入ったので、早い時期にある程度完成していたのは確かです。ただ、TVシリーズなら普通それで決定稿になるのですけど、今回はその段階でも準備稿という形にしておいて、その話を担当する演出家さんが決まった段階でその方を交えてもう一度打ち合わせをして、場合によってはさらにシナリオに直しを入れるという作業を行っています。その辺がTVシリーズの制作体制とは大きく違うところですね。
———では、まず第1話についてお話を伺いたいと思います。
関:私としては、第1話は上手くいったと思っているんです。元々、あの第1話の自転車のお話は、オリジナルの映画でやろうと考えていたネタだったんです。東映アニメフェアで、子供が楽しめる少年と少女たちの冒険映画として作りたいと思っていた。ちょっと『ナイショ』の話から離れてしまうけど、『明日のナージャ』を作っている頃から私は映画のことしか考えられない状態になっていて、90分から120分ぐらいの尺のオリジナルアニメーション映画を細田守さんと一緒に作りたいと思うようになっていたんです。それで映画を作るために色々資料を探したり、本を読んだりしていた。細田さんと二人でずっと勉強会をしたりとか。このサイクリングの話は、その時に企画を練ったり、どういう方向性でいくかを考えたりしている時に出てきたアイデアの一つなんです。ただ、このネタは映画として作るよりも、『どれみ』に落とし込む方が上手くまとまると思って、『ナイショ』で使ったという感じです。それにこの話は、完全なオリジナルものとして作ると意外と地味な話になってしまうというところも見えていたので。『スタンド・バイ・ミー」じゃないけれど、少年たちのひと夏の、それも一晩ぐらいの冒険みたいな話だから、これは『どれみ』に落とし込めるかなと思ったんです。あと『どれみ』のTVシリーズをやっていた時は、番組としては少女ものだから男の子は脇に行ってしまったのだけど、今回なら“どれみのクラスメイトの男の子たちのナイショ”という形でできるな、と。男の子のナイショからシリーズを始めるというのも結構大胆ですけどね(笑)。それで第1話が男の子たちのナイショになったので、シリーズ構成的に最終回は“どれみのナイショ、だな、と漠然と考えていたんです。
そんな感じで第1話は凄く上手くいって、第2話、第3話はTVシリーズのファンにも馴染みのあるネタを元に話を作ったんですけど、そろそろ今回のキーワードである“ナイショ”の意味をキッチリ考えなきゃいけないと思っていたんです。ちょうどその頃、「ナイショって何がナイショなのよ?何をナイショとして描くと面白いの?」という提示を山内さんと佐藤さんから頂いたんです。「あ、いいお題を頂きました、その考え方でいけばシナリオができる」と思ったんです。要するに人によってナイショって違うんです。例えば学校の先生として凄く人望が厚く、生徒からも親からも絶大な信用を得ている人のナイショというのが、実はロリコンのDVDを集めていますっていうことだったりする。それがその人にとって他人に知られたくないナイショだったりする場合もあれば、普段すごい無口な人なんだけど家に帰ると家族から煩がられるくらい凄くしゃべる人で、そのことを彼は社会に対するナイショだと思っているとか。その人なりにナイショの意味って違うと思うんですよね。別に今の生活に裏も表も無いけれども、小さい時にこんなことがあった、これはちょっとなかなか人には言えないし、たぶんずーっと心の中にしまっておくかなっていうのがナイショの人もいるし。それで第4話でおんぷちゃんを描くことになった時、彼女を一人の女の子としてもう少し内面というか奥行きを見せてあげたいと思ったんです。どれみたちと騒いでいる時には見せていない、さらに芸能人として仕事をしている時にも見せていない一面を描かないとおんぷちゃんのナイショをやったことにはならないと思ったんですね。
———第6話はばあやの過去が初めて明らかにされる話ですよね。ばあやにスポットライトを当てたのはどうしてですか?
関:第6話は、元々バレエの話をやりたかったんですよ。そこで習い事をたくさんやっているはづきちゃんが、実はバレエも習っていたということにして話を作ってみようと思った訳です。実は私も昔バレエやっていて、打ち合わせの時に発表会のデビューが『くるみ割り人形』だったという話をして、そこから「金平糖の踊り」の曲を使いたいという話になったんです。
———「金平糖の踊り」という曲があるんですよね。
関:そうですよ。『くるみ割り人形』は組曲だから、例えば「花のワルツ」という曲ではお花の妖精という設定で女性が群舞で踊るバレエで、「金平糖の踊り」という曲も金平糖さんたちが踊っている様をイメージしたバレエになっているんです。
———そのバレエの話が、ばあやの話になっていったのは?
関:前々から、みんなの間でばあやの素性が謎だと言われていて(笑)。彼女は一体どういう人生を送ってきた人かというのを、この話に絡ませて見せてあげることができるのではないかという話になっていったんです。
ばあやの若い頃はなかなかカワイイキャラクターに仕上がっていてよかったですね。もんぺ姿がカワイイ。
———第7話はTVシリーズであまり描かれなかった吉田君が主役の話ですが、この話のネタも関さんが考えられたんですか。
関:そうです。吉田君をたい焼き屋の息子という設定にして、親子対決ネタで話を1本作ろうと。でも、TVシリーズの時に中島君と警察官のお父さんとのエピソードがあったから、それとは毛色を変えたかった。それでどういう方向で作ろうかという話になった時、たい焼きという美味しいものを作る一つの技を極めた父親とその息子の話を描く訳だから......私と佐藤さんは一度も示し合わせたことは無かったんだけど、何となく二人の頭の中に「これは大和屋親子の話にするぞ」という想いがあったんです。
———えーと・・・・・・具体的にどういうことなのか教えて頂けますか?
関:大和屋暁さんのお父さんというのは昔、日活映画監督をやっていて、その後シナリオライターになった大和屋竺さんという方で、私にとっても大学時代にシナリオを教えて頂いた師匠にあたる方なんです。さらに『ひみつのアッコちゃん』などでシナリオを書いて頂いた浦沢義雄さんも同じく大和屋竺さんに師事されて私にとってシナリオライターとしては兄弟子に当たる方なんですが、大和屋さんはシナリオライターになろうと思っ若い頃、浦沢さんにとても憧れていたんですよ。それで彼のシナリオも言葉遊びが暴走する世界によくなるんだけど、それは浦沢さんとは違うんです。浦沢さんの言葉のダイアローグの素晴らしさというのは、あれはもはや詩の世界まで行っているんだと。ポエムなんだということを懇々と大和屋さんに説明したんです。浦沢さんは、「俺は本なんか読まねぇ」とか言っていつもコートのポケットの中に週刊誌しか入れていないように見えるけれども、普通のしっかりしたドラマを描けるというベースがある上で言葉遊びをしているんです。でも、大和屋さんにはそれが無い。だから言葉遊びが暴走しちゃったらどこに落とし込んだらいいのかわからなくなっちゃったり、その言葉遊び自体が人に解りづらいものになってしまうんです。浦沢さんと同じ方向を目指していても浦沢さんを越えられない限りは、基本的にキチンとしたドラマを書けないとダメというところがあるので。そこは彼のお父さんにお世話になったので、息子にお返ししないといけない、鍛え直さないといけないと思ったんです。それで大和屋さんには私の作品に色々参加してもらったところ、『デジモン』や『アッコちゃん』のような作品は書けるんだけど、ドラマ系が全然書けなかったので、TVシリーズの『どれみ』で修行してもらおうと。・・・・・・同じ物作りという立場で考えると、今回の吉田親子のケースと似ていると思いませんか?
大和屋さんが書いたシナリオを直す方向が、私も佐藤さんも間違いなく同じな訳。これはもうコイツに思い知らせなくてはいけないという想いがあったんですね。大和屋さんが最初この話に参加した時はきっとお気楽なギャグ話だと考えていたと思うんですけど、途中までまたもや肝心なドラマの背骨が無かった。だから、その背骨を何にしようかと直しを出している間に、そういう流れになっていったんです。ついに6稿目のやり取りになった時に、佐藤さんからメールが来て「まあ、なんと言うか、大和屋親子の話ですな。ハハ」とか書いてあった。私と同じことを考えているなあと思って。あまりにも直しを入れたので大和屋さんが「佐藤さんは俺のこと嫌いですよね」とか言いだすくらいで(笑)。
なぜそういうことになるかというと、元々『どれみ』というのが、スタッフみんなが自分の子供時代を私小説のように切り売りして作っている作品だからなんです。だから、この第7話を大和屋さんが担当したというのは、ある意味では必然だったのかもしれませんね。
———次に第11話についてお伺いします。バレンタインディの話は今回『どれみ』に初めて参加された桜井さんや岡本さんが担当されていますが、TVシリーズのレギュラー以外のスタッフにお願いしようと思われた理由は?
関:「ナイショ』では、TVシリーズでやってもらっていた演出家さんだけではなくて、例えばガイナックス(当時)の庵野さんや石崎(すしお)さんや久保田さんといった「どれみ好き!」と言ってくれていた方々にお声を掛けに行ったんですけど、みなさん既に持っている仕事がとても忙しくて「う~ん、やりたい!やりたいけどできない!」みたいな状態になってたのでやむなくあきらめたということはあったんです。その他にも何人か私と佐藤さんから声を掛けて、実際に参加して頂いた方もいらっしゃいますしね。桜井さんには佐藤さんから声を掛けてもらったし、私も直接お願いしました。桜井さんは元々五十嵐さんと仲が良かったりしたしね。岡本さんも「ちゃんとし子供のものを作りたい。子供の目線で子供の生活を描くものをやりたい」とおっしゃっていたので、じゃあやりましょうということになったんです。
———確かに面白かったんですけれど、普段の『どれみ』のテイストとは一風違った雰囲気になってましたね。
関:そういうコラボも面白いかなと思ったんですよね。
———『どれみ』って作品は大きな器だな、と。色々な人を受け入れることができる。
関:そうだよね。細田さんが作れば、細田さんの作った『どれみ』という感じになってしまうしね。
———第12話だけ中村隆太郎さんが監修で入られていることについても教えて頂けませんか。
関:中村隆太郎さんには、病院で暮らしている子供たちの状況等について、色々とアドバイスをして頂いたんです。中村さんにはこの話について色々と御協力頂いたので、監修としてクレジットさせて頂きました。
———では、最後に第13話についてお願い致します。
関:第13話では、まずシナリオを担当して頂いた影山さんに対して申し訳無かったなと思います。第13話のシナリオは、5月頃に準決定稿として一旦上がっていたんですが、その後8月頃に第12話のシナリオがもうどこに出しても恥ずかしくない非常に高いレベルで上がってきたんです。これが最終回の1話前だと、最終回はもっと話の密度やキャラクターの心情の表現を高めていかないと負けてしまうと思い、非常に申し訳なかったんですけどほぼ書き直しという形になりました。第1話は人が死ぬ話で悲しいところがあるから、それを最終回にもってくる訳にはいかないので、最終回の一つ前に置くしかない。でも、最終回はその話と並ぶぐらいのレベルには持っていきたいと思ったんです。
五十嵐さんも『どれみ』の4年間と『ナージャ』の1年間で丸5年間SDをやった後で、本当に疲れていた状態で。『ナージャ』が終った後、五十嵐さん自身もしばらくSDはお休みすると言っていて、『プリキュア』の演出を1話分やった後は『ナイショ』に注力してくれていた感じでした。SDとしての雑務というとおかしいけれど、制作全般に関わることをする必要は一切無かったので、彼は完全に演出だけに没頭できた。だから、『ナイショ』の五十嵐演出回はどの話を見ても素晴らしいと思います。五十嵐さんはこの1年間くらいずっと色々なDVDを見ながら、映画の研究をしていたんですよ。TVシリーズのSDとかプロデューサーという仕事に慣れちゃうと、金属疲労のように疲れが蓄積されていくのでどこかでそれを解消したり、ネタを使い切ってしまってカラッポな自分の引き出しの中にデータを入れる作業をしていく・・・・・・つまり、充電する時間が欲しくなるんですよ。特に『どれみ』とか『ナージャ』といった完全なオリジナルものを作る時には、ありったけの引き出しを開けなければ作品ができないんですけど、気が付いたらその引き出しの中は真っ暗で、どこまで手を入れていっても何も出てこないという状況になってしまう。実際、私はそういう夢を何度も見ているんです。
———第13話ではふぁみという女の子が未来からやってくるのですが、これは最初からこういうコンセプトの話だったんですか。
関:いや、最初に影山さんとお話を作っていた時には、完全に雛祭りの話として作っていたんです。それで、第1話の男の子のナイショに対して、最終回は女の子のナイショで締めることができればいいかと思っていたんです。第1話のラストに「なんかいいよね、男の子って」っていうセリフがあるじゃない。あれと呼応するように「やっぱり女の子っていいよね」っていうセリフで終わらせられたらいいなという想いがありました。だけど少し考え方を変えてみて、未来に繋がる形にもできないだろうかと考えるようになった。ウチの会社(東映アニメーション)の場合、10年後とか15年後にもう一回同じシリーズを制作するのは、サリーちゃんやアッコちゃんなどの歴史を見ていると充分考えられるのでそっちに繋げてもいいし、あるいはまた何年後かにもう一回『ナイショ』みたいな形で作るのでも構わないけれど、何か未来に繋がる予感みたいなものを秘めた第1話にしようということになったんです。
それで五十嵐さんも交えてシナリオち合わせをしてこの第13話を具体的にどうするかという話になった時、私から「『時をかける少女』でできない?」という提案をしたんですよ。そうしたら、それならいけるかもしれないという話になったんです。私にとって未来とタイムワープという言葉から連想されるのはNHK少年ドラマシリーズの『時をかける少女』だったんです。
———『ナイショ』の13本以外で、やり残したナイショの話とかありますか?
関:多少はありますけれど、もう一回シリーズを作ろうというほどでは無いかな。この『ナイショ』の時もそうでしたけど、少し時間をおくと描きたいことがだんだん増えていくんですよ。でも、現時点ではまだそれほどには無いですね。
———では、最後に『どれみ』ファンに一言お願い致します。
関:『ナイショ』というシリーズとしては、この1本で区切りがついたかなと思います。『どれみ』をまた作りたくなった時にはちゃんとした形で作ろうと思うし、ちゃんと成立させられないのならば、しばらく時間をおいて待つことになると思います。『どれみ』を作るのであれば、期待を裏切らない形で世の中に出したいと思っています。また、お話のネタをきちんと温めておくこともしたいですから。
現行で放映されている様々な作品を楽しみつつ、普遍的なものを楽しむという部分で『どれみ』の居場所を作って下さるとうれしいですね。25歳で夢中になった人が35歳や4歳になっても、それこそ60歳になって見る『どれみ』があってもいいのではというぐらい普遍的なお楽しみとして思って頂けるとありがたいと思います。
*1: 中村隆太郎……アニメ監督、演出家。
代表作:『serial experiments lain』、『サクラ大戦TV』、『キノの旅』、『REC』など。